講演要旨 戦争を回避せよ―「新しい戦前」にならないために/猿田佐世

戦争を回避せよ―「新しい戦前」にならないために

     新外交イニシアティブ代表・弁護士 猿田佐世

      講演する猿田佐世さん

 私は、米国からの圧力とは何かをワシントンで実際に見ていました。多くの情報が日本人によって歪められていました。例えば民主党政権誕生時に、今後の日米関係はどうなりますか、という質問に「悪くなる」ばかりの結果となるアンケートもありました。でもシール貼っているのは日本人なのです。米国規範に追随するというのは相当程度、日本人が好んで作ったものなのです。改憲についても、自分が変えたくて、米国にお願いして雰囲気をつくっているのです。米国からの〝拡声器効果〟なのです。これは〝自発的な対米従属〟そのものです。

一、安保三文書とは(背景・内容・日米関係)

 まず確認しておきたいことは、①日本一国では、戦争になる理由がない、②日本が中国と戦争になるのは、米中紛争である台湾有事に巻き込まれたときのみ、ということです。本来、日本には台湾を守る義務はないので、日本自らが関わるという選択肢を選ばない限り、日本が戦場になる可能性はありません。

 北朝鮮と戦争になる可能性は極めて低いです。攻撃したら北朝鮮の金政権は崩壊します。ロシアはウクライナでかなり疲弊しているので、日本を攻撃することは不可能です。よって日本の安保政策の絶対命題は「台湾有事を回避せよ」となります。

 安保三文書改訂(作年12月)で政権は、①「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有すなわち、米国製巡航ミサイル「トマホーク」等を大量購入予定して米軍と共同運用、②防衛費の倍増すなわち、27年に対GDP比2%にすることを決めました。①は、国際法違反の先制攻撃のおそれがあり、憲法・専守防衛からの逸脱そのもので、②は、財源が決まらないまま軍拡競争「安全保障のジレンマ」に突き進み、さらに地域は不安定化するだけです。抑止力は「信頼供与」がなければ機能せず、そのためには「外交」が不可欠です。

 米軍と自衛隊の一体化の加速は、今年一月の日米安全保障協議委員会(日米「二+二」)に表れています。南西諸島を含む地域における共同使用を拡大し、共同演習を増加し、敵基地攻撃能力の効果的な運用へと舵を切り、空港や港湾を使いやすくし、沖縄の海兵隊を「海兵沿岸連隊(MLR)」に改編し、機動性を上げた小規模部隊で南西諸島防衛に資する、等を意味します。

 同じく1月の日米首脳会談では、三文書改訂を歓迎し、安保能力強化「台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性」を確認しあいました。

 いま米国は同盟国頼りとなっています。力を落としている米国の対中戦略は同盟国との連携なのです。米「国家安全保障戦略」(昨年10月)の〝統合抑止〟は、同盟国に軍事力強化を促し、自国の抑止に組み込むことを目指すものです。これに日本は三文書改訂で即、応えたわけです。まさに対米従属です。

 すなわち安保三文書改訂の意図は、国家安全保障戦略に書かれているとおり、「インド太平洋において日米の協力を具体的に深化させることが、米国のこの地域へのコミットメントを維持・強化する上でも死活的に重要」であって、抑止力を強化し、米国陣営を強化し、米国の補完をしつつ、米国を巻き込むことにあるのです。

二、安保三文書の問題点

 これはとても無責任な文書です。まず①自分たちへの影響を全く語っていません。防衛研究所報告書によると、中国のミサイル攻撃を完全に封じ込めるのは困難ですが、攻撃を受けながらも対艦攻撃などで足止めさせ、台湾や尖閣への上陸を防ぎ、米軍が世界中から駆け付けるまでの半年から一年の、時間を稼ぐというものです。中国は非常に精密な攻撃能力を持つので、被害は米軍・自衛隊使用の飛行場や港湾に限られ、民間人が巻き込まれることは殆どない、という無責任なものです。戦略国際問題研究所(CSIS)の台湾有事の机上演習(今年1月)にも民間人の被害について、ほぼ言及がありません。

 さらに経済的被害についても何も語っていません。ドイツで「日本では中国に対する経済制裁についてどんな議論をしているか?」と問われて驚きました。全貿易のうち日中貿易は既に約4分の1。有事となり自衛隊派兵となれば完全に断絶することになり、全国民の生活が根本的に破壊されるのは明白です。国際法の順番は、派兵する前に経済制裁なのです。派兵ありきの議論は全く非現実的です。勿論、経済制裁では日本が先に干上がってしまいます。

 そして②中国に軍事力にのみで対抗しようとするのは愚かです。今回の防衛予算の倍増によって軍事支出が世界第3位になったとしても、中国の5分の2に過ぎません。既に中国のGDPは22年比で日本の四倍です。中国の軍事費はこの20年間、GDPの1.7%程度。軍事力だけの対抗は愚の骨頂です。こう言うと「日本だけで対応するのでない」という方がおられますが、中国の台湾進攻時に米国が軍事介入するか、実のところ定かではありません。

非同盟国に幾度も介入してきた米国がウクライナ戦争に直接介入しないのは、ロシアが核兵器国・軍事大国だからであり、第3次世界大戦への呼び水になりかねないからです。中国も核兵器国・軍事大国です。ヨーロッパはもっと怪しくて、NATO諸国一四ヵ国調査では台湾有事の際、紛争終結のための外交35%、対中経済制裁32%、何もしない12%、台湾への武器供与4%、台湾派兵2%(欧州諸国だけなら1%)という結果です。米国が傍観し、日本だけが戦うということになりかねません。

三、ではどうするか(提言)

 安全保障政策の目標は、戦禍から国民を守ること即ち、戦争回避でなければなりません。抑止力強化一辺倒の政策で、本当に戦争を防ぎ、国民を守ることができるのでしょうか。

 軍事力による抑止は、相手の対抗策を招き、無限の軍拡競争をもたらすとともに、抑止が破綻すれば、増強した対抗手段によって、より破滅的な結果をもたらします。

 戦争を確実に防ぐためには、「抑止」とともに、相手が〝戦争してでも守るべき利益〟を脅かさないことによって、戦争の動機をなくす「安心供与」が不可欠です。抑止の論理にのみ拘泥する発想からの転換が求められる所以です。

 台湾有事を回避するためには、過度の対立姿勢を諫めるべく、米国に対しては、米軍の日本からの直接出撃が事前協議の対象であることを梃子として、必ずしも同意しないことを伝え、台湾に対しては、民間レベルの交流を維持しながら、過度な分離独立の姿勢を取らないように説得し、中国に対しては、台湾への武力行使は国際的な反発が中国を窮地に追い込むことを諭し、日本は台湾の一方的な独立の動きは支持しないことを明確に示すことで、自制を求めることです。

四、事前協議制度を利用して 米国に今から迫れ

 60年の日米安保条約改定により、日本から行われる戦闘作戦行動のための日本国内の施設・区域の使用には、事前協議が必要になりました(事前協議制度)。台湾有事の際は、これが適用される初めての機会となり得ます。但し米国側は日本の「拒否権」を認めておらず、肝心な時に無視され得ると考えられます。よって対米外交のカギは、「台湾有事の際の直接出撃は事前協議の対象になる」「必ずしも事前協議で賛同することは限らない」と現時点から米国に伝えることが肝要になってきます。政府に二枚舌を許さない世論喚起が必要です。

五、めざすべき外交

 日本外交のモデルになり得るのは、米中対立の主戦場になっている東南アジアの外交です。ASEAN外相会議では既に南シナ海の問題をめぐり、20年9月段階で複数の会議で議論を積み上げ、対立が軍事的レベルに高まっている米中を念頭に「地域の平和と安定を脅かす争いに囚われたくない(どちらか一つという選択を迫られることを望んでいないDon’t make us choose)」と自制を促すメッセージを発しています。また21年9月に発足した米英豪の対中国軍事パートナーシップ(AUKUS)に対しても、しっかりと懸念を表明し、核拡散防止条約と国連海洋法条約の順守をしっかり求めるという対応をしており、軍事一辺倒の日本と大違いとなっているのです。米中対立においてどちらにも組みしない外交姿勢でASEANは一貫しているのです。

 日本が「ミドルパワー」の国であることを自覚し、「Don’t make us choose」と叫ぶ各国と連携して、米中対立の緩和を呼び掛けるべきでしょう。

(文責 非核いしかわ編集部)

◎5月20日に金沢市内で開催された「戦争をさせない石川の会」主催の講演会の講演要旨です。

 

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