九条の会・石川医療者の会が10月1日、同22日と連続開催した「教科書採択問題を考える」学習会・報告を同会ニュース第13号(2015年11月2日)より、本会ホームページにて紹介します。
戦後70年を迎えた本年、特に8月は戦前・戦後体験を語る出版物や、イベントが多数企画されました。「戦争体験をどのように伝えていくか・継承していくか」という話題から、まず、戦前・戦後の歴史教育の変遷について学ぼうということになりました。
その矢先、石川県内3市(金沢市、小松市、加賀市)の公立中学校で、来年度(2016年度)から4年間使われる教科書に「育鵬社」が採択されたというニュースが流れました。「育鵬社」は安倍首相に近いグループが推進しており、特に戦前・戦後の解説において「戦争を美化している」と言われています。
このような経緯があったため、戦前・戦後の歴史教育全般についてと「育鵬社」の教科書についての2本立てで学習会を開く運びとなりました。以下、学習会の内容をまとめましたので報告します。
【第1回目】
日 時 10月1日(木)午後7時半~午後9時
テーマ 教科書採択問題を考える
講 師 安原昭二さん(小学校教諭、いしかわ県民教育文化センター事務局)
西田弘さん (教育、くらし、憲法を守る石川教職員の会代表)
まず、安原昭二さんに育鵬社の「新しい歴史の教科書」を実際に読みながら、他社の教科書とどのような点が異なるのか解説していただきました。2つご紹介します。
一つは、戦争を美化するような記述です。「日清戦争の勝利によって、わが国は近代国家としてその実力が世界に認められるようになりました」、日露戦争では東郷平八郎の戦いぶりを「世界の海戦史に例を見ない戦果」、太平洋戦争では「日本軍の勝利に、東南アジアやインドの人々は独立への希望を強くいだきました」とし、ビルマの人々が日本軍に協力したとも記述しています。特筆すべきは沖縄戦について、他社の教科書が「沖縄の人々は日本軍によって集団自決に追い込まれた」と書いているところを、「戦闘が激しくなる中で逃げ場を失い、集団自決に追い込まれた人々もいました」と説明しています。
大日本帝国憲法と日本国憲法の評価についても、育鵬社は他社と特に異なっています。大日本帝国憲法を「国民は法律の範囲内で、言論や集会、振興などさまざまな自由が保障される」と紹介していますが、他社では大日本帝国憲法は「厳しい制限がつき」と記述しています。また、「国家総動員法」「大政翼賛会」とともに必ず並んでいる「治安維持法」に関する記載が育鵬社には一切なく、代わりなのでしょうか「言論を規制する法律は明治時代からあった」と注釈だけがついていました。一方、日本国憲法については「日本側は大日本帝国憲法は近代立憲主義に基づいたものであり、部分的な修正で十分と考えました。しかし、GHQは日本側の改正案を拒否し、自ら全面的な改正案を作成して、これを受け入れるよう日本側に強く迫りました」と、「押しつけ憲法」であることを強調しています。
実際に1行1行読んでみると、こんなにも違うのかと驚きの連続でした。
続いて、西田弘さんより、なぜ金沢市・小松市・加賀市で育鵬社の教科書採択に至ったかという報告がありました。
まず小松市についてですが、小松市・能美市・川北町の3市町をひとつの地区として、どの教科書を採択するか決定しています。4年前の教科書採択では、小松市教育委員会が育鵬社を推した一方、地区協議会では帝国書院を全会一致で可決し、結果、育鵬社は採択されませんでした。今回は、小松市が小松市単独で教科書採択できるよう県議会に請願を提出し、賛成多数で採択されたことと、県議会厚生文教委員会で小松市選出の福村県議からもこれを認めるよう県教育委員会へ発言があったことから、今年の5月に県教育委員会は小松市を単独の採択地区にすることを発表。小松市教育委員会は歴史と公民の教科書について、育鵬社を採択しました。
加賀市では、2014年9月に宮本陸市長が前任の教育委員が任期を残す状態であったにもかかわらず、日本会議に所属する者を教育委員に任命しました。そして、2015年9月、加賀市教育委員会も歴史・公民について、育鵬社の教科書を採択しました。
金沢市では、4年前までは山出前市長の任命した教育委員で構成されていましたが、徐々に山野市長が任命した教育委員で構成されていったそうです。教育委員7人のうち、4対3で育鵬社の教科書が採択されました。
要請行動の中で得た会議資料の中には、「利用図書調査委員会調査研究報告書」というものがありました。これは委員会の下部組織である「採択委員(現場教師で構成)」が調査したもので、各社の教科書の通信簿のようなものですが、トップの東京書籍が71点に対し、育鵬社は51点、しかも全8社あるうちの5番目の点数でした。現場教師たちの意見は、まったく無視されたと言っても過言ではありません。
質疑では、育鵬社の教科書は思っていた以上の内容だった、戦時下での市民の生活にまったく触れられていない、という感想や、この教科書を使って現場の教師がどのように子どもに教えるのかという質問もあがりました。何より、今回の安保法制につながる問題であることを参加者全員で共有しました。4年後の採択に向けて、まずは多くの人にこの問題を知ってもらうことが必要です。
【第2回目】
日 時 10月22日(木)午後7時半~午後9時
テーマ 戦前と戦後の歴史教育-役割と歴史観-
講 師 小林信介さん(金沢大学人間社会研究域 経済学経営学系 准教授)
今回の勉強会は、経済史学が専門である小林信介先生を講師に開催されました。以下、勉強会の内容を簡単に記載します。
1.はじめに
まず、主題材として-「あの戦争」前後の日本教育の共通点と相違点-というテーマが提示され、戦争の名称の表記に関するお話が展開。結論として、先生が適切だと考えるのは「アジア太平洋戦争」、あるいは「15年戦争」だそうです。「太平洋戦争」では、日米戦争のみを指し不適切、また育鵬社の用いている「太平洋戦争(大東亜戦争)」という表記は論外だということでした。
次に、歴史教育を捉える前提について解説。まずは「事実」と「真実」について。「事実」は実際の事象であり、「真実」は事実に対する解釈である。つまり、「事実」は一つしかないが、「真実」は人の数だけ存在し、それゆえに「真実」には主観が入る余地が存在します。そして「歴史学」と「歴史教科」について。「歴史学」は客観的事実を基に、主観的真実をつむぐ学問であり国家の介入は受けない。「歴史教科」は、「歴史学」を基に構築されるが、文科省によって「学習指導要領」が策定されること等、少なからず国家の影響を受けるという違いがあります。加えて、その主観的真実の要素の一つとして「歴史観」が形成され、その相違が各社の教科書内容の相違へと繋がるというお話でした。
2.戦前の歴史教育
明治黎明期、当時の文部省は小学校用歴史教科書として、低学年向けの『史略(1872)』、現代の日本史にあたる『日本略史(1874)』、現代の世界史にあたる『万国史略(1875)』の3作が編集されていたことを紹介。特徴として、『日本史略』は「天皇歴代記」としての体裁を取っていたことが挙げられます。
明治中期へ移り、戦前歴史教育の中核思想が形成されます。明治天皇名で文部省に発出された指示書「教学聖旨(1879)」を基に、仁義忠孝に重きを置いた教育が始まります。また、現代の指導要領にあたる「小学校教則綱領(1881)」が策定され、尊皇愛国の志気養成教育が重視されます。さらに、自由発行・自由採択制であった教科書制度が、開申制(1881)→認可制(1883)→検定制(1886)→国定制(1904)へと変化し、国家統制が進行します。この頃の歴史叙述は、天皇を核とした「人物主義」が特徴です。これは、歴史教育が「国家統制された道徳教育」となっていたことを示します。
明治後期へ。初期の国定教科書では、「神代」からの叙述が再開し、「歴史学」における「考古学的事実」との乖離をみせます。政治問題が歴史教育に影響を与えた事例として「南北朝正閏問題」も起こっています。
そして、大正から昭和戦前期には、「皇室の恩恵」や戦争動員を目的とした思想・歴史教育へと変化します。ここで、戦前教育の「成果」として、内原訓練所(茨城)の入所者への応募動機調査を紹介。入所者の6割以上が「教師の指導」によるものだと回答されており、歴史教育によって刷り込まれた「使命感=正義」の醸成がみられます。また、15年戦争期の「反戦教育」についても、教師の影響を受けた児童が多数存在し、児童の思想形成における教師の役割の大きさを垣間見ることが出来ます。
3.戦後の歴史教育
戦後「皇国史観」の破綻により、「歴史学」の再建が図られます。実証主義(事実関係重視)、政治権力との一定の対峙、反戦平和(厭戦感)を柱としたものです。戦後歴史教育をめぐる事件としては、日本史学の「常識」=戦後日本史学の歩みが問われた「家永教科書訴訟(1965-1997)」、そして1990年代の「自由主義史観」の強まる中での扶桑社の「新しい歴史教科書の登場」(ここでの分派の一部が育鵬社より教科書発行へ)があります。この育鵬社の教科書については、小林先生をはじめ、実証主義を重視する従来の歴史学界から大きな批判が出ています。
4.まとめ
最後に、戦前戦後の比較として、根底に「敗戦の経験」があること。それゆえに戦後の歴史とは「敗戦からの再出発の歴史」であり、さらにこれからの歴史教育は、従来の「一国史観」を克服し、グローバルな地域で共有しうる歴史観の構築が求められているということでした。
今回の勉強会から、改めて育鵬社教科書の過度な「日本礼賛」が戦後歴史教育の流れに逆行すること、また、これからの児童の思想形成については、「教師」がこの教科書でどのような教育をするのか、ということも重要な点として注視していく必要があると感じました。

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