「敵基地攻撃」論をめぐる問題点(五十嵐正博)

憲法改悪NO ! 市民アクション・いしかわが開いた学習会「憲法から見た菅政権」(3月20日、石川県教育会館2階会議室)

 

【講演要旨】

「敵基地攻撃」論をめぐる問題点

神戸大学名誉教授  五十嵐正博

 国連憲章第51条(1945年6月26日採択、10月24日効力発生)では、「自衛権の発動は重大な武力攻撃が発生した場合に行使する」と規定しており、日本国憲法九条(1947年5月3日施行)では、戦争の放棄、戦力及び交戦権を否認している。

 「敵基地攻撃」論の出発点

 最初に国会で敵基地攻撃について議論になったのは1956年2月28日、当時の社会党の石橋政嗣議員が自衛隊法改正にあたり「自衛権」の定義を問うた衆議院内閣委員会である。鳩山一郎首相は「自衛のためということは国土を守るということ、国土を守ること以外はできない。飛行機でもって飛び出していって攻撃の基地を粉砕してしまうということまでは今の条文ではできない」、また船田中防衛庁長官は「急迫不正な侵害を排除するためにどうしても他の手段がない、敵の基地をたたくということは自衛権の範囲内において最小限許される」と答弁している。

安保法制における集団的自衛権の行使容認と「敵基地攻撃能力」

 2013年2月7日、安倍首相は「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を設置。同年2月12日の衆院予算委員会で安倍首相は、「北朝鮮によるミサイル開発・核開発に関連して、策源地攻撃(=敵基地攻撃)と憲法との関係について、法理上では他に手段がないと認められるものに限り、敵の誘導弾等の基地を攻撃することは憲法が認める自衛の範囲内に含まれるが、現実の自衛隊の装備の在り方としては、策源地攻撃を目的とした装備体系の保有は考えていない」と従来の政府答弁を引き継いだ答弁をしている。

 しかし、この直後に渡米した安倍首相は、2月22日、日米首脳会談で安倍首相はオバマ大統領に、「集団的自衛権の検討を開始した」と報告している。帰国後の2月28日、安倍首相は衆院予算委員会で「策源地攻撃能力を米国に頼り続けてよいのかとの問題意識を示し、この議論は国際的な影響力があるので慎重に行なわれなければならないが、しっかり行う必要がある」と答弁している。

 そして2015年9月19日、戦争法=平和安全法制が可決された。2020年6月15日、河野太郎防衛庁長官が山口県と秋田県に設置を計画していた「イージス・アショア」の導入断念を表明した後、「敵基地攻撃論」が再浮上した。同年12月18日、安倍内閣は、「島嶼部を含む我が国への侵攻を試みる戦艦等に対して、脅威圏の外からの対処を行うためのスタンド・オフ防衛能力の強化が必要」と閣議決定している。長距離巡行ミサイルが必要という意味である。

 「敵基地攻撃」論の法理

 2003年1月、石破茂防衛庁長官は、自衛権の行使としての武力行使は、「おそれがあるときではだめ」だが、「被害が発生してからでは遅い」のであって、法的な構成は「着手の時期はいつか」にかかると発言している。

 国際法上で自衛権の発動には武力攻撃が発生することが必要で、武力攻撃の単なる恐れに対する先制的自衛権は認められないが、自衛権は被害が発生しておればその発動が可能である。つまり着手の時点が問題になる。

   自衛隊法76条1項1号(防衛出動)では、「首相が自衛隊に防衛出動を命じることができるのは、発生する明白な危険が切迫していると認められるにいたった事態が含まれる」と規定している。

「敵基地攻撃」論の落とし穴

 2003年、石破防衛庁長官は、「着手」について「相手国が東京を火の海にしてやるという意図を表明して、その実現のためにミサイルを屹立して燃料の注入を行うなどの準備を始めた場合」と発言している。

 2020年7月、河野防衛大臣は、「その時点の国際情勢、相手方の明示された意図、攻撃の手段、対応などによるものであり、個別具体的な状況に即して判断すべき」と発言している。要するに「着手」の客観的基準はないということ。ミサイルの「屹立」は実験や演習のためや、人工衛星の打ち上げの場合もある。IAの間違った勝手な判断でミサイル攻撃に着手してしまう危険性がある。

「策源地」の虚構

 「策源地」とは前線の作戦部隊に対して、必要物資の補給などの兵站、支援を行う後方基地である。河野防衛大臣は、「敵基地攻撃のためには移動式ミサイル発射機の位置をリアルタイムに把握するとともに地下のミサイル基地の正確な位置を把握し、まず防空用のレーダーや対空ミサイルを攻撃・無力化して相手国領空における制空権を一時的に確保したうえで、移動式ミサイル基地を破壊してミサイル発射能力を無力化し、攻撃の効果を把握した上で更なる攻撃を行うといった一連のオペレーションが必要」と述べている。つまり「敵基地攻撃」は、「基地」ないし「策源地」を対象としたものには限定されず、関連の軍事施設等に対する全面攻撃となる。

 国際法の国際人道法には、攻撃は軍事目標に限定する(区分原則=軍事目標主義)という制約がある。民間人や民間施設をミサイル攻撃することは国際法違反であり、到底許されることではない。

「安全保障環境」の虚像

政府は日本を取りまく「安全保障環境」の劇的な変化を事あるごとに説いているが、日本が「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力」の保有に踏み切るなら、これが北朝鮮や中国にとっては自国の「安全保障環境」の一環の悪化と映ることが十分想像できる。

「抑止」の虚妄

 「敵基地攻撃」論は専守防衛の範囲内とされるから「攻撃」を前面に掲げるわけにはいかないと、自民党ミサイル防衛検討チームの提言(2020年8月4日)では、「敵基地攻撃」の用語を避け、「相手領域内でも弾道ミサイル等を担保する能力」の保有を認めると誤魔化している。

 1987年、国連第一回軍縮特別総会で採択された最終文書では、「真の永続的平和は、国連憲章が規定する安全保障体制の効果的な実施と軍縮と軍事力の急速かつ実質的な削減によってのみ、実現することができる」と明示されている。日本国憲法前文では、「平和のうちに生存する権利」が謳われており、日本は「人間の安全保障」を主導する立場にある。憲法学者の佐藤幸治氏は「この国際協調主義・平和主義こそ、日本国憲法最大の特徴といえるものであるが、日本国憲法が想定する「平和」は、ただ単に戦争のない状態ということではなく、自由主義(基本的人権尊重主義)が実現維持される状態ということが前提されている」と述べている。この日本国憲法を世界に広めていくことこそ求められている。

◎3月20日、石川県教育会館2階集会室で「憲法改悪NO!市民アクション・いしかわ」が開催した学習会・ディスカッションの報告要旨です。

 

 

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